Subtitle-名もなき少女の名もなき英雄譚-

・笠原 夏海

 およそ五千枚にも及ぶ原稿用紙を丁寧に金庫の中に入れた。
 これを書いた奴は二千十八年に消えてしまった。あいつは結局何が嫌だったんだろう? もちろん分からない訳ではない。でも、完全に分かっていると言えば嘘になるだろう。
 そう思う度に涙を流す。
 私たちの物語はこれで終わりなのか? アンタは物語の主役にはならないのか?
「夏海。私はこれをアンタに託す。煮るなり焼くなり保存するなり好きにして」
 佐伯可奈子。あのバカ女は笑顔でそう言って五千枚の記憶を私に託した。あんまりだよ。冗談キツイよ。こんなもの渡して消えちまうなんて、私は認められないよ。
 なぁ可奈子。悲しい事辛い事いっぱいあったよな。覚えてない事もいっぱいある。でもなんだかんだ言って、私たち笑い合えてたよな? 大事なもんだって多分見つけられたよな? どんなに世界や他人が憎くても、私ら親友がただこの世界に存在してるってだけで生きてられたんじゃないか? それじゃダメなのか? 結局人間は最後の最後は一人なのか?
 いや。違う。だってアンタはこれを残したじゃないか。五千枚にも及ぶアンタの全てを私に託した。
 ずるい。いや違う。最低だよ。アンタは愚か者だ。お前はいつからこんな弱っちい奴になったんだ?
 私は認めない。こんなんじゃお前は脇役みたいじゃないか。お前はいつだって中心に居たじゃないか。なのにどうして。
「なつみー。一緒にご飯食べよう~」
 彼女の声で我に帰る。彼女から見れば私は一回りも二回りも年上なんだけど。最近の若い奴は敬語も使えな……。
 いや。
 最近の若いもんは。
 元気でよろしい。

・佐伯 可奈子

PAGE:779~

 二千九年三月。私は香蓮高校の校舎を背に立ち、大きく息を吸い、吐き出した。
 右手に卒業証書が入った筒を持ちながら校舎の周囲を見渡す。雪。灰色の空。三角山。公園。ボロい民家。要するにつまんねぇ景色。
 この景色も見納めだ。でも特に感慨深い訳でもなんでもない。心を満たしてるのは多分解放感。
「終わったな」
 呟く。まさに終わったというシンプルな言葉が何より当てはまる心境だった。
「あぁ。終わったね」
 まるで大量の買い出しから帰ってきたような疲れ切ったテンションで、夏海が呟いた。
「クソさみぃ。さっさと飯食って帰ろうぜ」
 奈々は棒付きの飴を口に咥え、もごもごしながらそう言った。
「ラーメンでも食べる?」
 りこが奈々に向かって聞いた。ボケてんのかコイツって思ったけど、奈々もそう思ったらしく顔をしかめた。
「なんでラーメンなのさ」
「え? だって寒いんでしょ。寒いならラーメンが良くない? 温まるぜ!」
 りこは冗談めかして言い、奈々の顔の前で親指をビシィっと立てた。
「卒業式の後のご飯がラーメン? 冗談でしょ」
 奈々が呆れたように言うと、りこはくすくす笑った。
「冗談だよ。奈々ちゃん何食べたいの?」
「あ? あぁ……。なんだろ。思いつかねぇわ。別にパーッと豪華な飯食いたい気分でもないし。りこは?」
「思いつかない。可奈ちゃんどうぞ」
「んー……。松屋?」
 夏海が「ふざけんな」と言って私の背中を叩いた。
「さーすがに松屋は無いでしょ。ていうかバカナコさ、松屋とか女子力無さすぎじゃね?」
「じゃあ夏海は? なんか良さげな店チョイスしてよ」
「……中華料理?」
 全員で沈黙する。
 なんかおかしい。
 卒業式が終わった後だというのに、なんで私らは学校の前で何を食べるかでぶつぶつ言い争ってるんだろうか。
 クラスメートや友だち、後輩とは別れの言葉を重ねまくったし写真も沢山撮った。超胸糞わりぃ学校生活のラストにしては、まぁそれなりに華やかというか良い意味でベタで感動的な時を過ごしたと思う。
 だからこそかもしれないけど、私はすっかり疲れ切ってテンションがゼロになっていた。満足してお腹いっぱい的な。
「佐伯!」
「うげっ」
 玄関から大嫌いな担任教師がのっそのっそとやって来た。むさ苦しい男でいつも鼻毛ぼーぼーでとにかく醜い謎の生命体。
「なに玄関の前で突っ立ってんだ!?」
 なんで私だけ注意するんだぶっ殺すぞって言おうと思ったけど、そんなこと言ったら夏海たちも怒るべきだみたいな意味合いになってしまう。それにさすがの私だって、卒業式の日に揉めたくはないから、無難な返事をすることにした。
「今どけるって。いちいち吠えるな」
「なんだその言いぐさは!? なぁ佐伯。お前最後くらい先生に敬語使ったらどうなんだ?」
「敬語敬語うるさいな。お前は敬語使ってもらえるような立派な人間なのかよ。違うでしょ?」
「佐伯! お前なぁ……」
「あーはいはいストップストップ」
 夏海が私と先生の間に割って入った。北海道大学への進学が決まっている夏海は優等生というレッテルが貼られていて、先生は夏海に対してはあまり強く出ない傾向にある。何せ香蓮高校から北海道大学への進学者が出るなんて奇跡みたいなもんだからね。
「邪魔してすみませんね。先生も今日ぐらいカッカしないで下さいよ。それじゃ」
「おい待て。佐伯、お前専門学校ではちゃんと真面目にするんだぞ」
「あ? 私は……」
 ドン! 腰に衝撃。なんだよと思ったけど、奈々に肘打ちを食らったのだと気がつく。奈々は勢いそのままに右手を私の首に回し、耳元で囁いた。
「放っとけよ。こいつ最後だからさ、なんか先生らしい感傷的なこと言いたいだけなんだよ。話に付き合うと長くなるぜ」
「……だね」
「じゃあ先生さようなら~。先生も少しは真面目に生徒と接して下さいねー」
 りこが捨て台詞のようにそう言い、私は奈々と夏海に挟まれて引っ張られながら歩いた。
 校舎が遠ざかっていく。
 ちょっと焦りながら考える。
 クラスメートとは十分に話した。写真も沢山撮った。プレゼントも交換しまくった。メルアド知らない奴のアドレスも一通り交換した。卒業アルバムのメッセージもいっぱい書いてもらったし、私も書いた。里奈や梨花とも色々話した。それに会いたい奴らとはいつでも会える。
 思い残した事はないか?
 ……無い。
 大丈夫。
 そもそも私はこの学校が死ぬほど嫌いだった。その割に今日は十分にはしゃいだはずだ。この期に及んで、いつまでも学校に残って皆と騒いだり、必要以上に感傷的な行為に及ぶ必要はないだろう。
 今の私を満たしているのは感傷ではない。解放感なのだ。

PAGE:804~

「とにかく綾も卒業おめでとー。マジおめでとー」
『バカナコもおめでとう。三年間お疲れ様』
「うえっ。やめてよババ臭いこと言うの。そんなんじゃ駿に嫌われるよ」
『何さ。労ってあげたのに』 
「労るって言葉もなんかババくせぇ」
『あぁ言えばこう言う』
「あはっ。先生に良く言われた言葉」
『マジであぁ言えばこう言うじゃん』
「ごめんごめん。あ、ていうか今後ろで駿の声聞こえたんだけど。なんか騒いでない?」
『あぁ。なんか玲ちゃんと口喧嘩してる』
「えっ。良いの? 夫婦喧嘩は綾だけの特権なんじゃないの?」
『だからいちいちうるさいってば。あ、ていうか藍ちゃんもいるよ』
「マジ?」
『マジ。さっきウチに来たんだよね』
「へぇ。ていうか学校の部室で打ち上げとかさぁ、さすがだよね。明清東だからこそっていうか。香蓮なら部室で打ち上げとか絶対許してもらえないよ」
『まぁね~。非日常って感じで楽しい』
「素直だねぇ。……あ、ごめん。ピザ来ちゃった」
『おっけーおっけー。じゃあそろそろ切るね。近いうちにさ、駿たちと一緒に会おうよ』
「もちおっけー! 今度メールするからさ、その時いつ集まるか決めよう」
『りょーかい。まぁ春休み中には』
「だね。じゃあね~」
『ばいば~い』
 携帯電話をテーブルの上に置いた。私が電話している間にピザが届き、夏海と奈々とりこがピザを取り分けている最中だ。どこかに食べに行く気にならず、結局私の家がささやかなパーティー会場となった。
「ごめんごめん。私もやるよ」
「綾たち学校で打ち上げしてんの?」
 夏海がピザを皿に並べながら質問してきた。私は小さく頷く。
「うん。良いよねぇ学校で打ち上げとか」
「まぁ私は家の方が良いけどね。学校じゃタバコも酒もNGだし」
 と言って、奈々がタバコに火を付けながらぶっきらぼうに言った。確かにそれはそうだ。
 二種類のピザ、大量のお菓子にジュースやビールをテーブルに並べ終えた。そして私たちは缶ビールのプルタブを開け、雑に缶をぶつけ合って乾杯をした。
「かんぱーい!」
「うえーい!」
 奈々が謎の掛け声を発してビールを一気に半分ほどあおった。夏海とりこはビールを一口飲んでさっさとピザを口に放り込む。お疲れ様ーとか、おめでとうなんていう挨拶は一切無し。私たちはそれで良い。
 私もさっそくピザを頬張った。久しぶりに食べるピザはなんでこんなに美味しいのだろうか。
「いやー終わったね。地獄の三年間」
 奈々が満面の笑みでそう言い、りこがうんうんと頷いた。
「よく三年間通ったよね私たち」
「ほんとにね。私ら偉い。偉すぎ」
 私は冗談めかして同意したけど、内心マジでそう思っていた。良くもまぁあんなキチガイじみた学校に通い続けられたもんだ。まぁ毎日真面目に通ってた訳じゃないけど。サボりまくってたけど。
 でもとにかく牢獄みたいな学校から抜け出せたのは間違いない。さっきまではテンション低かったけど、ピザとビールの力も相まって今はなんだか凄く良い気持ちだ。いつもより饒舌になれそう。
 私たちはぎゃあぎゃあ騒ぎながらピザを食べ、酒を飲み、タバコを吸いまくった。話は尽きなかった。永遠に喋り続けられそうな気さえした。

 何本目かのセブンスターを吸った所で、夏海がしんみりと言った。
「まぁマジでさ、香蓮みたいなイカれた学校に三年通って卒業は出来たけどさ、これからはもっと激しい荒波の中にダイブしなきゃダメなんだよね」 
 夏海は顔色一つ変えてないけど、多分酔ってる。コイツは酔うとどうもしんみりモードに入ってしまう。
「なっちゃんこんな時にダルくなること言わないでよ。ていうか酔ってるでしょ」
 りこがブラックデビルを指に挟みながら文句を言った。でも夏海は動じない。
「でも本当の事だろ。あと二年もすりゃ二十歳。大人になりゃ苦労は今の倍以上になるぜ」
「楽しい事も増えるでしょ」
 と、奈々があっけらかんとした調子で言った。だらしなくパンツ丸出しであぐらをかいている奈々はワイシャツを脱ぎ、私のTシャツを着ている。黒色のTシャツに制服の赤色スカートという組み合わせを見たのは学校祭以来かもしれない。
「大人になったら車に乗れるし。今よりもっと金稼げる」
「まぁそれはそうだけど」
「夏海は車好きだっけ」
「あんまり興味はないけど。奈々は好きだよね」
「うん。私はマツダに乗る」
「えっ。奈々はBBじゃないの?」
 私が茶化すように言うと、奈々は顔をしかめた。
「乗らねぇよそんなの。可奈子は欲しい車ある?」
「ミニクーパー命。第二希望はフォルクスワーゲン。いつかミニクーパーに乗ってね、だせぇプリウスをふっ飛ばしてみたいんだ」
 タバコを吸っていたりこが「ぶはっ」と吹き出した。
「アンチトヨタってなんか中二病っぽい」
「うるさいなぁ」
「でも可奈ちゃんって絶対カーオーディオとかごてごて載せるでしょ。あとイルミネーションとかピカピカさせてそう」
「ははっ。絶対やるね」
 りこの追撃に夏海が乗ってくる。まぁ否定はできない。
 私の部屋にはダイヤトーンの77HRやらケンウッドのLS11ESやら色んなスピーカーが鎮座していて、他にもアンプやレシーバー、ゲーム機やら大きなデスクトップパソコンやらが雑然と部屋のあちこちに置いてある。とてもじゃないけど女の部屋って感じはしない。女っぽいものと言えば多少の化粧品とぬいぐるみぐらいか。
「いやていうかさ。なんで女四人集まって車の話なんかしてんの。もっと女っぽい話しようぜ」
「だったらしようぜ、なんて男言葉使うんじゃねぇよ」
 夏海に突っ込まれ、私は腹いせに夏海の膝を蹴った。
「もっと女っぽい話しましょうよ!」
「似合わね」
 次は奈々に茶化される。コイツらいつかぶっ殺す。
「なぁりこ。バカナコってどんな大人になると思う?」
 ふいに夏海がりこに質問した。りこは天井を見上げながら「うーん」と唸り、割と真面目な顔で言った。
「普通の人にはなりそうにないよね」
「じゃあどんな人になりそうなの?」
「良くも悪くもぶっ飛んだ人。っていうか今もぶっ飛んでるけどなんていうか……」
「あぁ。なるほどね」
 夏海は苦笑した。でも私はサッパリ意味が分からなかった。
「なに。どういう事?」
 私が質問をすると、奈々がりこの頭を撫でながら答えた。
「りこはね、可奈子は落ち着いた普通の大人にはなりそうにないねーって言いたいんだよな」
「奈々ちゃんの言う通り~」
「ざけんな」
 私はセブンスターに火を付けた。ぶっ飛んだ大人ってなんだ? そもそも色々ぶっ飛んでる大人は大人と言えるのだろうか? ていうか今の私ってそんなにぶっ飛んでるの?
「りこさんよ。具体的に話してもらおうか?」
「なんていうか……。可奈ちゃんはほら、なんだかんだ言ってクラスのリーダーみたいな存在だったし、先生と喧嘩して学校の備品蹴っ飛ばしてぶっ壊す問題児だし、喧嘩売ってきた生徒の顔面に右ストレートぶちこんで病院送りにする危険人物だし、少なくとも可奈ちゃんが普通の会社に就職して、普通に仕事してる姿なんか想像できないよ」
「確かにそれは言えてる」
 奈々が同意の声を漏らし、私は項垂れた。全て事実。マジでクソみてぇな学校生活を送ってきたもんだ。
「つーか、バカナコが普通の人生を送ろうと夢見ても無理だろうね」
「夏海の言う通り。てか可奈子だって別に普通の人生なんて望んでないでしょ」
 奈々にそう言われて、私は素直に頷いた。
「否定はしないけどさ。でもなんだかんだ言って私はそれなりに普通の人生送ってると思うよ。ていうか普通じゃない人生って何? って話だし」
 私が正直な気持ちを漏らすと、夏海が寂しそうに小さく頷いた。
「それは確かにね。可奈子はぶっ飛んだ人間であり続ける可能性は十分にあるけど、ぶっ飛んだ人生ってのはちょっとピンと来ないね。可奈子にしても誰にしても」
「おい。私はそんな言うほどぶっ飛んだ人間じゃないぞ」
「ジョークだよジョーク。でもまぁ、個人的に可奈子はぶっ飛んだ人間であってほしいけどね。少なくとも脇役にはなってほしくない」
「あれ? もしかして私ヨイショされてる?」
 私が冗談めかして言っても、夏海は特に否定しなかった。
「深い意味は無いけどさ、学生時代ぶっ飛んだ生活を送ってた奴には、いつまでも主役で居て欲しいって思うんだよね」
「主役?」
 りこが首を傾げたけど、私も首を傾げたい気持ちだった。
 夏海はビールをごくっとあおり、ぷはぁと息を吐いた。
「友だちの姉ちゃんがさ、すげぇ美人なんだ」
「何いきなり……ってもしかして赤城結花の姉ちゃんの話してる?」
 奈々の言葉を聞いて、心の中で「あいつか」と呟く。
 赤城結花。私ら四人の共通の友だちの名前だ。奈々の質問に対して夏海は何度も頷き、また話を続ける。
「そう。結花の姉ちゃんってまぁほんと美人でさ、高校時代はチア部の部長で凄い目立ってたでしょ。おまけに頭良くてスタイルも良くてめっちゃモテてさ」
「で、高校卒業してすぐ結婚したんだよね。できちゃった婚でしょ」
 りこが思い出すように言う。確かに高校を卒業してすぐに子供が出来て結婚したっていう話だった。結花の姉とは大して縁も無いから結婚式に行った訳でもないし、詳しい話は聞いた事なかったけど。
「うん。でも旦那がDV野郎でさ、今離婚してお姉さんは一人で必死に子供育ててんの。この前狸小路で偶然会ったんだけどさ、なんかやつれてた。髪型も適当ヘアーって感じだったし化粧も全然してなくて、目は淀んでたね」
 みんなで一斉に「えー!」とか「うそー!」と悲鳴をあげる。
「なんか悲しかったんだよね。別に友だちの姉ってだけで大した接点も無い人だけどさ、学生時代あんなに綺麗で、チアリーダーとして輝かしい日々を送ってた女が、今じゃDV野郎に暴力受けて離婚してシングルマザーだぜ」
「それは……」
 なんか心が沈むと同時に、夏海の言いたい事がなんとなく分かってきた。
「まぁあれだよ。結花のお姉さんもそうだけど、可奈子も目立ちまくってた女子高生って事に変わりはないからね。私はそういう奴には大人になっても主役で居てほしいんだよ。だってそうだろ? 喧嘩売ってきた奴の顔面に右ストレートぶちこむような奴が、例えば大人になってスーパーのレジ打ちしながら狭い部屋で退屈な一人暮らしなんかしてたら、こっちが悲しくなるもん」
「あはっ。可奈子がスーパーのレジ打ちか。想像出来ない」
 奈々が乾いた笑い声をあげたけど、私は内心ゾッとしていた。
「まぁ可奈ちゃんなら、男にDV受けるって事はありえないと思うけどねー」
「男をボコボコにするならありそうだけど」
 りこと奈々がのん気に笑う。まぁ二人の言う通りDVなんかとは無縁だろうけど、まともに就職出来ずバイトしながら地味な一人暮らしを送る人生は誰にでも起こり得る。やっぱゾッとする。
「あーもう。夏海のせいで一気に暗くなってきた」
「別に暗い話をしたつもりはないけどね。でもマジな話さ、結花の姉ちゃんみたいに学生時代になんていうか……。そう、世界の主役って呼んでも過言じゃないくらいに輝いてた人間が没落してる姿って、やっぱり見たくはないでしょ?」
 夏海が真顔でそう言うと、奈々が天井を見上げながら「あー……」と声を漏らした。
「まぁ言いたい事は分かる。確かにバカナコが毎日朝早く会社行って? 帰ってきて? 冷凍チャーハン食べておやすみなさーいって感じの人生送ってたら悲しくなるかもね。学生時代あんなに目立ってた奴が今はこの有様ですか? みたいな。確かにやだな~。そんな可奈子想像したくもねぇな~」
 私は自分が会社から帰ってきて一人もそもそと冷凍チャーハンを食べてる姿を想像して、再び心底ゾッとした。
「だーもうやめて。ていうかお前ら私に何求めてんだよ」
「可奈ちゃんは大人になっても、いつまでもぶっ飛んだ面白い人間で居てねって話でしょ」
「んな事言われてもね」
「でも私だって実際そう思うよ。可奈ちゃんは絶対につまんない人間にはならないでね」
 りこは「絶対に」という所を強く強調した。満面の笑みでサラっとプレッシャーをかけないでほしい。
 夏海が腕を組んでうんうんと頷き、手でライターを弄びながら言った。
「自分で言っといてアレだけど、結構曖昧な話だよな。面白い人生イコール面白い人間なのかって言ったら違うかもだし。二つの意味合いがあるのかな。面白い人生送って、面白い人間になれみたいな」
「いやもう訳分かんないし」
「面白い人生を送るだけじゃダメって事かな。面白い人生過ごしてるだけじゃ世界の主役にはなれないでしょ」
「そもそもなんで私は世界の主役にならなきゃダメなのさ」
 奈々がだらしなく足を伸ばし、私をビシっと指さした。
「単純な話だよ。可奈子は確かに香蓮高校の主役だった。悪い意味でだけど。そういう奴が惨めだったり普通すぎる人生送ってる姿は確かに見たくねぇし、なんか脇役みたいなちっぽけな人間になってる姿も見たくない。だから可奈子、お前は世界の主役になれ。面白い人生送って、なおかつ世界の主役になるような凄い奴になって、私らを楽しませてくれよ」
 私は両手でバン! とテーブルを叩いた。マジでなんなんだコイツら。そりゃ私だって普通の人生とか世界の脇役的な生き様とかイヤだけど、そこまで期待されても困る。
 面白い人生とか、魅力的な人生を送るぐらいなら頑張れば希望はあるかもしれない。でも奈々の言うように、面白い人生を送ってなおかつ世界の主役になるような生き様を過ごすとかそれは無理だ。
 ていうか主役とか脇役とか言うけど、どんな事をすれば世界の主役になれる訳? ぜんっぜん分かんない。
 でも。私はやっぱり子供だった。
「あーはいはい分かりました! 私は面白い人生を送りつつ、更に世界の主役になれるような人間になります~。面白くて魅力的な人生送って、なんか凄い事やって歴史に名を刻むような人間になります~。これで良い?」
「うわぁ可奈ちゃん青臭い。うげー」
「おめぇらが言わせたんじゃねぇかボケー!」
 私はりこを捕まえて強烈なヘッドロックを食らわせた。
 でも、私は……。
 正直に言おうか。
 みんなに期待される意味はちょっと良く分かんなかったけど……。
 悪い気分はしなかった、と。

・???

UJカシワギ:ログを閲覧するためにはアストラルコードを入力してください。
りんりん:私でもダメな訳?
UJカシワギ:ロック、解除しました。
りんりん:それで良いのよ。
UJカシワギ:このログは笠原夏海の日記を抜粋したものです。良いのでしょうか? 部外者が閲覧しても。
りんりん:良くはない。でも読むのよ。確認しなきゃダメだから。
UJカシワギ:まぁ良いでしょう。ではどうぞ。

『可奈子は波乱万丈で面白い人生を送っていた。色々な職業を転々としていたから良くも悪くも退屈そうには見えなかった』
『様々な業種の人と関わり、普通の人はなかなか見る事のない世界も体験していた。積極的に外国旅行もして見聞を広めていた。十分に面白くも魅力的な人生だっただろう』
『良い人生だったんじゃないかと思う。でも決して可奈子は世界の主役ではなかった。高校時代に喧嘩相手の顔面に右ストレートをぶちこんだ人間は確かに香蓮高校という小さな世界では主役だったけど、どんなにぶっ飛んだ奴でも大人になれば世界の隅っこでそれなりの人生を送る脇役になってしまうのだ』
『卒業式の日、私たちは佐伯可奈子に主役になれと押し付けた。いや私たちなんて言葉を使って奈々とりこに責任を負わせるのは卑怯か。私は、可奈子に主役になってくれと求めてしまった。まぁ後悔はしてないし謝る気もないけど』
『でも別になんの根拠もなく可奈子に主役を求めた訳ではない。私は佐伯可奈子という人間をお世辞抜きで凄い奴だと思っていた。だから可奈子はきっと凄い人間になると思っていた。いや願っていた。だからこそ求めた』
『だけど人生というのは限度があるものだと知った。そもそも世界の主役になるにはどうすれば良いんだろうか? 石油を掘り当てて大金を手に入れて豪遊する人生? それはちょっと意味合いが違うだろう』
『高校時代の私は可奈子に主役になれと言ったけど、主役の意味が分かっていなかった。今も分からない。昔も今も漠然としたイメージしか持てていないのだ』
『さて。可奈子が残した五千枚の記録をどうしたものだろうか。いや悩んでなどいない。私はもう決めている』
『私はもう一度お前に会いたいよ。可奈子』

・佐伯 可奈子

 私はミニクーパーのハンドルを力いっぱい切り、年代物のプリウスに突撃した。
 車が停止する。前を見据える。その刹那。
 凄まじい衝撃音と共に、フロントガラスが破裂した。
 プリウスに乗っているドライバーを睨みつける。
 クソ野郎。
 てめぇは主役になるつもりか?
 冗談じゃない。
 お前なんかに。
 最後の仕事を……。
「まきばしらああああ!」
 私は車を飛び出して銃を構えた。
 真木柱莉乃。
 てめぇは私がぶっ殺す。
 私はこんな所で終わらない。
 イルラカムイを凛音に届ける事が出来るのか、それとも今ここで真木柱に奪われるのか。
 どちらに転ぶかで、世界の命運は決まる。
 あれ。
 なんか私。
 ……主役みたいじゃね?

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